読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

codes / cipher

文章置き場

博士号がそんなに簡単に取れると思うなよ

スポンサーリンク

早稲田は小保方氏の博士号を剥奪しない事で何がしたかったのか…。

これについては真の所は解りませんが(どうせお役所仕事的なアレか利権絡みでしょうけど)、日本の博士号がどれもこれもお粗末というわけではないんだ、そして(理系)研究者になるってこんなに大変なんだ、という事を今日は書きます。
理系に興味のある中高生やその親御さん向け。

2017年5月追記
とうとう自分もD3になってしまった。既に一般企業への進路を決定していますが、一応博士号を取得するつもりはあります。
元あった文章はほとんど修正していませんが、これを最初に書いたのはM2の時だったので、今思うことについては各セクションの末尾に※で追記。間違っていた情報等はそっ消し。

そもそも博士号って何?

日本の理系の場合は大学の学部を卒業して学士号を得た後、大学院で修士号を取得し、更にその後に取れる学位※1です。
大学に入学するにも大学院に進学するにも、入学試験を潜り抜ける必要があります。研究者を目指しているそこの君、塾にはよく「大学進学して4年間遊ばんか~?」などとモラトリアムを強調して大学進学を勧める講師がいますが、大学院入試、そしてそれから(多分死ぬまで)続く研究生活の為には学部時代の勉強であろうと気を抜かない事をお勧めします(反省)。

博士号を取るには、その人の能力にもよりますが、大学入学から9年以上かかる事がほとんどです。私はまだ修士課程2年なのであと3年以上学生をやる予定ですが、(大学からの友人を除いて)周りに博士課程に進む人なんかいないし、小学校時代からの親友なんかこの前結婚したし(´・ω・`)さびしい

学位を取る為には論文を書きます。分野によっては学士号には卒業論文の提出を課さない事があったり、修士まではレビューでも(オリジナルな、新しい研究成果が無くても)良いとする事もありますが、流石に博士論文は独自研究が含まれていないといけません
なぜなら、博士号を取って大学院を出たらもはや学生ではなく、誰かからお金を貰って研究する、或いは仕事をする身分になるのですから。
誰かの真似事なんて誰でもできます。博士号という肩書を背負うからには、それ相応の、自分にしかできない何かをする事が求められるのです。

※1 論文だけでも学位を取れます(論文博士)。詳しくはググろう。

博士号を取るメリットってあるの?

分野にもよりますが、持っているからと言って一般企業への就職に有利になるものではありません(初任給が高くなる分、企業側が一般に敬遠しがちなので)。普通は修士卒の方が就職しやすいというか、博士を取ろうと思っている人は(一般企業に)就職する気はあまりありません※2。

と、ここまでなんだかネガティブな事ばかり書きましたが、博士号を取る意義と言うのは勿論あります。
まず、分野にもよりますが、理系の研究職に就くには博士号を取得している事が応募資格になっている事もありますし、博士号を取ると海外に行った時に「ドクター」を付けて呼んでもらえます(医者だけじゃない!)。
また、大学の教授や高専の講師など、アカデミックな職には必須です。
先程はデメリットの様に書きましたが、取得する為に費やした年月と努力は初任給の高さにも反映されます。

単なる肩書としてだけでなく、博士号を取る事によって得られるものは他にもあります。
例えば研究経験。もちろん、企業に入社してから手探りで、或いは教えられながらしていく事もできますが、仕事として行うには責任というものが覆い被さってきます。勿論、全くの無責任・無束縛というわけではありませんが、ある程度自由に自分の好きなように研究できるのは学生の内だけです。
それに学生の内に自分で計画を立てたり、予算を獲得したり、プレゼンを沢山したり、論理的な思考をしたりして、それらの能力をしっかり身に付けてから社会に出た方が良さそうです。そういう事を系統立てて教えてもらえるのは学生の特権です。

※2 まさか自分が一般就職するとは思っていませんでした。一応技術職ではありますが、完全に独学というか、趣味でやってきた事を活かせる場所なので、大学でやってきたことは今後はあまり使いません。
もちろんアカデミック界の就職難・非正規研究員の問題も背景にありますが、研究始める前に興味を持っていた業界からお声がけいただいたので個人的には就活の結果にとても満足しています。人生一度きりなのであと2回くらい分野チェンジできたら良いなと思いますが、とりあえずまた10年位は同じ場所で頑張りたいです。
それでも博士号が欲しいのは、これまで頑張ってきた事の証になるし、日本が崩壊して海外に逃げることになってもなんとかなりそうだから(適当)。

なんだか博士号を取りたくなってきた!

ここまでの文章を読んでそう思った人はまあ居ないと思いますが、「大きくなったら物知り博士になるんだー!」と小さい頃思っていて、実は今もそう思っている中高生はゼロではない筈。小さい頃は興味無かったけど「やっべ理科の実験超おもしれー(^q^)」と突如目覚めた人も絶対居る筈。
という事でこのセクションでは実際どうすれば取れるのか(博士になれるのか)自分の体験を交えつつ書きます。親御さんも必見の所ですよ!

高校までは学校に依らない

正直、高校まではそんなに気張らなくて良いです。無理して私立の進学校に行って、部活もやる暇も無く一日中勉強なんてしなくて良いです。
勉強をサボれと言っている訳ではなくて、子供は子供らしく部活したり遊べる時間と心の余裕を持て、という事です。何故なら研究始まってからは忙しすぎてそんな余裕持てなくなる場合があるので。私も実際、今は家には寝に帰って来てるだけ、休みは多くても週一とかです。友人(修士卒で就職希望)にはよく「D進(博士課程進学)の闇」と言われます※3。

※3 これでも私は多趣味な方で、無趣味の友人は本当に朝早くから夜遅くまで研究室に居たりしました。でも、そこまでしないと研究者としてやっていけないのであれば、研究をライフワークにするのは向いていないと思います。
誤解なきように言っておくと友人は私よりもずっと優秀(主席)だったので、単に「趣味無いと辛そう(本人も趣味ほしいと当時言っていた)」と思っていただけです。
なお過去形なのは、その友人は私よりも一足早く社会人になってしまったからです。あまり多くを語ってくれませんでしたが、博士号を取るのを早々に諦めてしまったわけです。

親御さん向け

勉強は、本人がしたい分だけすれば良いと思います。何か「やりたい!」と思う事があって、ちゃんと物事を実行できる子供は、自分に必要な努力の量というのがだいたい解っています。
親がとやかく言わなくても出来る子は出来るし、出来ない子はいくら言ってもやりません。やらない子に対しては、いきなり「もっと勉強しなさい!」というのではなく、このペースで行くと入試までにどういう結果に落ち着くのかを説得力を持って伝えて(例えば模試を受けさせるとか)危機感を与える方が良いと思います。それで危機感を持たない子はそもそもその目標に対するモチベーションが低いとか本気じゃないので、また別の施策が必要です。

大学はできるだけ国公立を、大学院は断然国公立を

別に早稲田の件があったからではありませんが、修士号、博士号を取るなら断然国公立をおすすめします。

学部について

ちょっとその前に学部の話を。学部については、私立や地方の大学でも問題無いと思います。私の友人や同じ研究室の人にも学部は私立や地方大という人は沢山居ます。
特に、英語教育は私立の方がしっかりしているイメージです。なんでそんなにペラペラ喋れるの…(´・ω・`)ってくらい、私立出身の人は英語が得意だったりします。いや、うちの大学の英語教育が良くないだけかも…。
でも、やはり理系私立は授業料が高いですから、できるだけ国公立に進学するつもりで勉強した方が良いです。

勉強というものは、やってやりすぎる事はありません。国公立は入試で国語や社会等の専門外の教科も評価されますし、自分の選択肢を広げる為にも色々な教科をできるだけ出来るようになっておいた方が良いです。「理系に政経の知識なんて要らないのに、そっちに勉強時間を回した分、数学の点数が下がった」なんていうのは言い訳です。あまちゃんです。

とまあ、国公立を推したのですが、研究者を目指す場合は更にその大学にある研究室でどの様な研究が行われているのかをちゃんと調べておきましょうオープンキャンパスを活用して情報収集するのが手っ取り早いです。
学部時代の研究が、その後の研究人生を大きく制限してしまうという事はありませんが、できるだけ大学院やそれ以降で研究する事と近い事をやっておく方が余計な苦労をしなくて済みます。
例外的に、理論物理から数学への転向など、一見(一般人には)全く異なる分野に見えてもやっている事が非常に近い研究分野もありますので、そこら辺は大学に入ってから色々調べてください。※4

卒業論文は、きっと何とかなります。私は何とかなりました(既に黒歴史化しつつあるけど)。

※4 私の後輩は学部時代、原子核理論の研究室に(自らの希望で)所属していて、院から素粒子論に転向する予定でしたが入試で原子核理論に通ってしまいました。素粒子論側が受け入れを拒否したのか、原子核理論側が「残ってほしい」と思ったのかはわかりません。彼は数学専攻も受けていて通っていたので、結局数学者の道を歩むことになりました。

大学院について

それで、肝心の大学院の話なんですが、学部から大学院に進学する時にまた入試があります。入試はだいたい4年生の夏頃から始まり、日程が被っていない限り、自由に幾つでも受ける事ができます(複数に合格した場合は後で辞退届を出します)。ただ、一回受けるのに国公立でも3万円かかるのでお財布と要相談。
内容は筆記試験+個人面接という所が多いと思いますが、面接が合格判定に占める割合は大学によりけりの様です。筆記試験は過去問とか入手して勉強あるのみ。

此方も学部同様というか、此方はあくまでも自分がやりたい研究を行っている研究室(がある大学)を志願しましょう。流石に大学院での研究は自分の生涯にかかってきます。5年間の研究というのは、後の人生でそうそうやり直せる事ではありません。

大学院の途中(修士号を取得した時)で卒業・就職できる大学院もあれば、5年一貫課程の大学院もあります。修士課程から博士課程へ上がる時は、私の大学では試験等は無いようです(担当教官の「君やっぱ向いてないよ」的反対が無ければ進学できるシステムらしい)。他の大学に移る事も可能とは思いますが滅多にありません※5。

国公立が良いとは書きましたが、研究分野によっては「私立のこの大学でしかやってない」研究というのもあるでしょう。その場合は勿論、その大学を志望してください。

私が懸念しているのは、就職活動が上手くいかなかったのでとりあえず進学させ、研究もまともにやっていないが修士号を与えて何とか就職・卒業させる私立大学です。
私立大学の広告で良く目にする就職率や進路決定率。何もせずとも志望者が集まる国公立とは違い、私立大学はこれらの数値をなんとか100にしようと必死です。 実際、私の友人で、学部が私立でそのままそこの院に進学希望だった友人が、その大学(大学名は伏せますが、関西の私立大学の中では4本の指に入る所です)の修士論文発表会に行った時の事。ある学生グループなんかは「○○(とある有名な科学者)の一生」という芝居をやって修士号を得たのだとか。
本当に研究していたのならその研究を発表できる筈ですから、実際、何もやっていないけれど就職は決まったし学位だけ与えてさっさと出て行ってほしい、という大学側の体質が話を聴いただけでも見えてきます。

その友人はその発表に失望して、院進学をやめて現在は大手企業で開発職に就いています。
全ての私立大学の全ての研究科がこのような事を行っているとは限りませんし、もしかしたら国公立でもやっている所があるかもしれません。しかし、進路決定率に拘るという私立大学の性質上、こういう傾向は無きにしも非ずかもしれません。
ですので、どの大学でも行われている様なポピュラーな研究分野であるのならば、国公立の研究室を選んだ方が(少なくとも経済的には)良いでしょう。

※5 2例ほど知っていますが、1勝1敗。
自らの志願による転学ではなく、指導教員の転勤による転学(受託学生として研究拠点を移動する)が圧倒的に多いです。

大学院に入ってから博士号を取るまでってどんな感じ?

あー長かった(前のセクションが)。別に私立を叩きたい訳じゃないんだよ私は。
という事でこれからは辛くて楽しい大学院生活について書きます。
他の研究室や分野の事は解らないので、主に実体験とか聞いた話とか。

研究、辛い。でも楽しい。

とは言っても私の分野は修士論文でもレビュー可という、修士課程では勉強メインの分野なのですが。幸いにも私は担当教官がオススメしてくれた題材が向いていて、今は辛くて楽しい研究生活を送っています。

とにかく何が辛いか、それは自由になる時間が少ない事です。実験系の研究室なら、実験するだけでも拘束時間がかなりあるかと。
でも私の研究室は理論系(実験しないで計算ばっかりしてる所)です。拘束時間も研究室の会議やセミナーの時くらいで、大学院の授業の単位も全部取ってしまったので一週間のカレンダーは高校生の時間割と比べるとスカスカです。

じゃあ何で時間が無いのか。それはその空き時間をほとんど全て研究(とそれに必要な勉強)に費やしているからです。上の方(親御さん向けの所)でちょっと書きましたが我々には自分の研究を完成させるために必要な時間と努力がだいたい解ります。そして大概それは私達に残された時間内に収まり切りません\(^o^)/

あと辛いと言えば、私は今、自分より遥かに出来る人達と共同で研究しているので、ちょっと気を抜くと他の人に計算先越されてやる事無くなるとか、自分しか担当してない計算がミーティングまでにできてないと研究進まないとか…(´・ω・`)地味に辛い

でも、そんな辛さには目を瞑れるくらい研究は楽しいものです。今まで生きてきた全人類がやった事のない計算を自分が初めて行う。合ってるかどうか解らないけど正しい事を期待して行う。楽しい。超楽しい。研究の計算やってる時は普段とは集中力の強さが違います。

先生は、怖くない。

そんなこんなで、抜きつ抜かれつ、指導教官に諭され叱られつつ、とりあえず研究の仕方を学びます。学生の間は、指導教官がちゃんと指導・アドバイスしてくれますので(人に依るかもしれないけど)、研究レベルが上がってくるにつれ指導教官の手に負えなくなってくるかもしれないけれど、頼れる所は頼っていけばいいと思います。 そういう自分はつい一ヶ月前くらいまでほとんど頼っていなかったので反省して今はちゃんと色々相談するようにしています。途中まで一人でできても絶対どこかで詰まるから! 教官が読めって言った文献はちゃんと読もう!←

教官教官と言っていますが、研究室の人々は基本的に共同研究者=会社で言えば同僚(co-worker)に当たります。大学にいる「先生」は、高校までの教諭とはその役割や立場が異なります。勿論授業もしますが、その本来の仕事は「研究」です。
勿論、上下関係はありますが、「研究者」として教授達と向き合う時は間違っていると思う事には間違っていると言いましょう。(まあ大抵学生の方が間違えていますが)教授だって知らない事を自分がやっていくのが研究です。

研究室によってはパワハラする人もいるみたいですが、研究者には穏やかな性格の人(というか研究が出来れば他の事にあまり頓着しない人)が多いので、四六時中一緒に過ごす事になっても(性格さえ合えば)苦ではありません。
性格が合わない、どうしてもこの教授とはやっていけない、と思う人は研究室を移りましょう。でもそれは離婚と同じで最終手段です。
人間関係は何処かで誰かが我慢して折り合いを付けていく必要はあります。
まあでもうちの研究室は(だいたい)皆仲良しです。

D進の闇

とまあ辛さ楽しさ、人間関係なんかを書いたんですが、気になるのはやっぱり論文を書く事、研究をする事の大変さですよね。
研究をする上で敵となってくるものは自分自身の心の弱さです。不安というのはいつでもどこでも襲ってきます。例えば、

  • 研究には答えが無い。自分自身の計算や実験の解析が本当に正しいのか誰にも解らない(※「正しさ」というのは追実験や追計算で後から確かめられていきます)。もしかしたら、自分は科学的に何の意味も無い事をやっているんじゃないだろうか。
  • 一生懸命勉強してきたけど、解らない。これが解らないと次に進めないのに。周りの人は良く出来るのに、自分に研究者は向いていないんじゃないだろうか。
  • 論文が書けない。やってた時は解った様な気になっていたけど、アウトプット出来ない。修了できなかったらどうしよう。
  • なんとか博士論文は書けそうだけど、次に行く所が決まっていない。一年くらい何処かで無給の研究員をやる羽目になりそうだけど、生活していけるのかな…。

等々。実際、こういった不安に呑まれてフェードアウト(そしてドロップアウト)してしまう人は少なからず居ます。

「D進の闇」と散々揶揄されますがまあ実際そうです。中には全くその闇を感じる事無く研究者になれる人も居れば、学部の終わりの卒業論文を書く時点で感じる人も居ます。
研究室に居て一番ショックだったのは、当時博士課程3年だった先輩が博士課程4年目の先輩(3年で修了できなかったのでもう1年頑張る事にした人)に「研究が上手くいかない」と人目も憚らず泣きついていた事です。30歳手前の大人が泣きます。それくらい研究は先が見えないし、闇に嵌まると底が見えません。(この先輩方は今はもう無事に修了されましたのでご安心ください。)
でも、中退というのも最終手段なので、なんとか頑張っていきたいところ。

ちょっとだけ事務的な話

ちなみに、学位論文の審査方法は大学や研究科によりけりです。某W大学の様に主査の審査が甘い所もあれば、厳しい所もあります。論文の提出だけではなく、公聴会や審査会等での研究発表を課される事もあります(というか普通はそうかと)。
うちの研究科は厳しいと思います。いくら学生の人柄が真面目でも、社会に出て一人前に研究が出来る能力があると判断されない限り学位は貰えません。高校までの様に、努力賞・皆勤賞などといって真面目さを評価される世界ではないのです。研究が出来るかどうかだけが研究者の能力を測る物差しです。

実際、まだ二年目なので毎年居るのかどうか知りませんが、既定の在学年限を越えて学位取得を目指している人が、少なくともこの二年間は私の研究室には居ました。

やっぱり博士号とるのやめようかな…

まあ、記事のタイトルの通り、今回は「博士号を取る事の大変さ」をテーマに扱ったので、そう思った人が結構居るかと思います。
私としては、一大学院生のブログ記事を読んだだけで「やめよっかな」と思う程度の覚悟なら、やめといた方が良いと思います。中途半端な目的や覚悟で9年間も大学にいるなんて時間とお金の無駄ですし、そもそも、下手に博士を量産するから就職先や受け入れ先が決まらないんです。学士や修士で就ける研究職だって沢山あります。要は、自分が何をしたくて、何をしていくのか、です。

「でも自分がなりたい職業にどの学位が必要なのか解らないからとりあえず…」と思っている人は「解らない」に甘えずに自分で調べましょう。研究者は「解らない」と戦う仕事なのに、その程度で甘えていてどうするんですか(と昔の自分に言いたい)。

この記事を読んでも「やっぱり研究者になりたい!」。と思った人は今出来る事を頑張ってください。大学に入ると色んな人が居ます。高校まではクラスで、或いは学年で一番くらいに賢くても、大学に入ると平均より下だった、なんて事は良くあります。
他の人より抜きんでて良く出来る人は世の中に沢山居ますが、大切なのは、そういう人達の事を追い抜く事ではなく、自分にしかできない事を見付けていく事、そしてそれをする為に必要な基礎的な能力を身に付けていく事です。
必ずしも成績の良さと研究者に向いている度合いは比例しません。

と、滅茶苦茶長くなってしまったので、まとめはしない事にして、この辺で終わる事にします。

追記

その1:おとぎばなし

id.fnshr.info

西原さんの「おとぎばなし:かねもちはくし と びんぼうはくし」が面白くて解りやすいので、博士号を取ったその後を知りたい人は読んでみると良いです。残念ながらこれが現実、あ、いや、西原さんのお話はフィクションですよ勿論。ぜんぶ ひらがな なので しょうがくせいでも よめますよ。

その2:最終手段

d.hatena.ne.jp

随分昔の話ですが、時々死者も出るんですよ残念ながら。リンク先には博士の授与に関する手続きの一例も掲載されています※6。
そういえば、この前(だと思っていたら2年も前か…)うちの大学でも自分で自分の腹を刺した事件がありましたね。

www.nikkei.com

そこまで行かなくても、精神的に病んでしまって休学したり大学に来なくなってしまう人は少なくありません。今はもう就職されたみたいですが、学部時代お世話になっていたTA(教授らの授業を手伝う大学院生)さんは「いつでも首を吊れるようにロープは常備してある」と常々言っていました。
退学とか、ましてや自殺なんてのは本当に最終手段なので、どれだけ時間がかかっても良いからなんとか生き延びる事を考えていかないといけない。

※6 今の知識で読むとこれはアカハラパワハラのアカデミック版)っぽいですね。ちょっと単純に一般論として話せないかも。